大事な道具がなくなる時。

日本への一時帰国を目の前にした9月の終わり頃、先生から連絡がありました。

「まりの、日本に帰ったらメドゥプ用の송곳(ソンゴッ)を買ってきておきなさい」

メドゥプ制作に欠かせない道具、송곳(ソンゴッ)
こちらの記事でも紹介したものです。

メドゥプを始めるならまずこれ!韓国伝統結び・メドゥプのための材料と道具

先生によると、송곳(ソンゴッ)の最後の作り手が亡くなり、生産が止まってしまったそうです。
今流通しているものが全てで、なくなるともう手に入らなくなってしまうとのこと。
もうすでに他のメドゥプ作家さんたちも急いで購入しているので、売り切れてしまったお店もあるとか。

幸い、私はすでにいくつか予備で購入していたものがあるので急ぎではなかったのですが、
今後もしもの時のためにと、ひとつだけでも追加で購入ておこうと、
店主さんが複数個お持ちだという情報を先生からいただいたお店に向かいました。

お店についてすぐ店主さんに伺うと、とても大事そうに、송곳(ソンゴッ)の入った入れ物を出してきてくれました。

「私が使おうと思ってとっておいたもの、みんなほしいって来るから、もうこれだけしか残ってないの…」

箱にはぱっと見で数えられるほどしか入っていませんでした。
最初はとても手放したくなさそうでしたが、ひとつだけ、お願いしてお譲りいただけることに。

「他のじゃだめなのよね。一回使ったらもうこれじゃないとだめなの。使った人ならわかるよね。」

そう話す店主さんの表情は、長年の友人を失ったようにとても寂しそうでした。

伝統工芸品の作り手として、道具と材料の作り手はなくてはならない存在なのですが、少しずつその数が減ってきているのは少なからず感じていました。

「お客さんも少くて商売にならないから、来るときは事前に連絡してくれるといいよ」

견사(キョンサ)や지누사(ジヌサ)といった閨房工芸に使う糸を専門に扱うお店も、平日お昼間の数時間しか開けていないそうです。
土曜日はアクセサリー材料のフロアが大混雑する東大門総合市場でも、閨房工芸用の布屋さんは少く、早めにお店を閉めてしまいます。

伝統文化や伝統工芸の後継者問題の深刻さを、知っているつもりではいましたが、こうして実際に自分が使っているものが消えかけている現状に、悲しさのような、虚しさのような、言葉にできない気持ちがこみ上げてきます。
どんなに私の技術を上げたとしても、生産者が途絶えてしまうと、私の作品も生まれてすらこないんだなぁと。

今はこうして、消えかかっているものを目の前に、ただ気持ちを書き連ねることしかできない私でした。